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言葉は贈りもの。悪口は贈らないし受け取らない

雑記・つぶやき

こんにちは、荒井(@yutakarai)です。

SNSが発達して、相手の顔を見ずにコミュニケーションできるようになりました。しかし、コミュニケーションが手軽になったからといって、「言葉が持つ力」の大きさは変わりません。

今回は「言葉」について考えさせられたお釈迦様のエピソードを紹介します。

お釈迦様のエピソード

僕の大好きな話に、お釈迦様のエピソードがあります。
ここで紹介しますね。(引用元

あるところに、お釈迦様が多くの人たちから尊敬される姿を見て、ひがんでいる男がいました。

「どうして、あんな男がみんなの尊敬を集めるのだ。いまいましい」

そこで、男は散歩のルートで待ち伏せして、群集の中で口汚くお釈迦様をののしってやることにしました。

「お釈迦の野郎、きっと、おれに悪口を言われたら、汚い言葉で言い返してくるだろう。その様子を人々が見たら、あいつの人気なんて、アッという間に崩れるに違いない」

そして、その日が来ました。

男は、お釈迦様の前に立ちはだかって、ひどい言葉を投げかけます。

お釈迦様は、ただ黙って、その男の言葉を聞いておられました。

弟子たちはくやしい気持ちで、「あんなひどいことを言わせておいていいのですか?」とお釈迦様にたずねました。

それでも、お釈迦様は一言も言い返すことなく、黙ってその男の悪態を聞いていました。

男は、一方的にお釈迦様の悪口を言い続けて疲れたのか、しばらく後、その場にへたりこんでしまいました。

どんな悪口を言っても、お釈迦様は一言も言い返さないので、なんだか虚しくなってしまったのです。

その様子を見て、お釈迦様は、静かにその男にたずねました。

「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は一体誰のものだろうか」

こう聞かれた男は、突っぱねるように言いました。

「そりゃ、言うまでもない。相手が受け取らなかったら贈ろうとした者のものだろう。わかりきったことを聞くな」

男はそう答えてからすぐに、「あっ」と気づきました。

お釈迦様は静かにこう続けられました。

「そうだよ。今、あなたは私のことをひどくののしった。でも、私はそのののしりを少しも受け取らなかった。だから、あなたが言ったことはすべて、あなたが受け取ることになるんだよ」

言葉は贈りもの

なんか勇気が出るエピソードです。

坂本龍馬の言葉を思い出しました。

世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る

 
言葉は贈りものなんですよね。

・誰かに発すれば、相手への贈りもの
・自分に発すれば、自分への贈りもの

生活していると、時として悪口を言われることがあります。

現代はSNSが発達して、コミュニケーションが手軽にできるようになりました。言い方を変えると、悪口も手軽に言われる可能性が高くなるということです。

しかし、悪口は受け取らなければ良いだけです。無視です。もちろん、悪口(悪い贈りもの)は相手に贈らないということも大事なのは言うまでもありませんよね。

まとめ

ひとつ大事なことを忘れてはいけません。

それは、
「悪口」と「アドバイス/意見」は別物ということ。

悪口は受け取らなければ良いですが、アドバイスや意見は受け取るべきです。成長するきっかけになり得るからです。それが悪口なのかアドバイス/意見なのかは、しっかり判別することが大切です。